ストレージで脳に挑む

高速大容量SSDを活用した、脳科学のための信号処理システムをMITメディアラボSynthetic Neurobiologyグループと共同研究

当社は、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボのSynthetic Neurobiologyグループ[1]と、高速大容量のSSD(Solid State Drive)を活用した脳科学のための信号処理システムを共同で構築しています。そして本共同研究推進のために、2015年12月からラボに客員研究員を派遣しています。
エドワード・ボイデン教授率いるSynthetic Neurobiologyグループは、脳の高精度な制御と観察を可能にする技術群を開発することで、脳の仕組みをニューロンなどの根本的な構成要素から理解し神経疾患治療に役立てることを目標にしています。当社は、これらの技術により大量に生成されるデータ解析の高速化を担当しています(図1)。

図1: 顕微鏡画像処理を高速化する信号処理システム

膨大な量のデータ解析のために

例えば、Synthetic Neurobiologyグループは、観察対象を吸水ポリマーに埋め込み物理的に拡大するエクスパンション・マイクロスコピー(膨張顕微鏡法)と呼ばれる手法[2]を発明し、光学顕微鏡で数十ナノメートル級の高解像度を達成する詳細な脳画像の撮影を可能にしました。データ量は現在でも1実験当たり数テラバイトになっており、今後も増大が見込まれます。
仮にネズミの脳全体を撮影すると約1エクサバイト、ヒトの脳では3ゼタバイトのデータ量になります[3]。現在でも秒間1ギガバイト、将来的には秒間1テラバイト以上の処理速度が要求され、大容量データをいかに効率よく処理および閲覧できるかが、研究を進める上で大きな課題の1つになってきています。キオクシアは、データ解析の面から研究サイクルを加速することを目標に、CPU, GPU [4]などの並列計算デバイスと、データの読み書きを加速するSSDを効果的に組み合わせて活用する高速信号処理システムを構築し、最先端の研究に貢献していきます。

仮にネズミの脳全体を撮影すると約1エクサバイト、ヒトの脳では3ゼタバイトのデータ量。 仮にネズミの脳全体を撮影すると約1エクサバイト、ヒトの脳では3ゼタバイトのデータ量。

ネズミの海馬データのリアルタイムでの可視化を実現

一例として、顕微鏡データのリアルタイム可視化の事例を紹介します。Synthetic Neurobiologyグループがエクスパンション・マイクロスコピー技術を利用して撮影した、ネズミの脳の海馬と呼ばれる部位の切片の顕微鏡画像[5]を、当社がコンピュータ上で三次元情報に再構成し、可視化しました。この顕微鏡画像は5テラバイトにもなります。幅1.2 mm, 高さ0.6 mm, 厚さ0.2 mm程度の切片を膨張させ、サイズが4.5倍(体積としては約100倍)になった試料を、複数回に分けてライトシート顕微鏡で撮影した、一画素50ナノメートル相当の詳細な顕微鏡画像約34万枚で構成されます(図2)。

図2: ネズミの脳切片の顕微鏡画像データ取得

再構成後は7千億(25,000 x 14,000 x 2,000)点からなる大規模な三次元データになります。この規模のデータを、研究者の思い通りの視点からインタラクティブに表示するには、大容量かつ高速であるSSDが欠かせません。当社は、指定された視点からの表示に必要なデータを高速にSSDからGPUに転送し描画するアルゴリズムを開発し、リアルタイムの描画性能を達成しました。またNHKと共同で、8Kスーパーハイビジョン解像度(7,680 x 4,320画素)の85インチ大スクリーンへの表示にも取り組んでいます(図3)[6]

図3: ネズミの海馬データの8Kスーパーハイビジョン解像度での可視化

最先端の顕微鏡を活用し、ショウジョウバエの脳全体を動画で可視化

さらに、格子ライトシートと呼ばれる最先端の顕微鏡を活用した事例では、11テラバイトにもおよぶ、実質24ナノメートルの画素サイズで撮影されたショウジョウバエの膨張させた脳全体のデータ[7]を、動画で可視化する試みに当社が協力しています。

by Y. Bando (KIOXIA Corp/MIT), K. Hiwada (KIOXIA Corp), R. Gao (MIT/Janelia), S. Upadhyayula (HMS/Janelia), S. Asano (MIT), Y. Aso (Janelia), E. Betzig (UC Berkeley/Janelia), E. Boyden (MIT), unmodified from the original,
licensed under CC BY 4.0別ウィンドウ.

キオクシアは、上記可視化の例に見られるようなCPU, GPU, SSDを活用した超並列データ処理に加え、新たなハードウェアアクセラレータおよび超高速インタフェースの開発を通して膨大なデータ処理をさらに高速化し、これからも情報化社会に貢献していきます。

[1] Synthetic Neurobiologyグループのページ別ウィンドウ
[2] Chen, Tillberg, Boyden. Expansion Microscopy, Science 347(6221):543-548, 2015
[3] 標準的な脳の体積(ネズミ500 m㎥, ヒト1400 c㎥)を20ナノメートルの解像度、一色当たり16ビットを用い8色でデジタル化したと仮定したときの値。エクサバイトは1018バイト、ゼタバイトは1021バイト。
[4] CPU: Central Processing Unit(中央処理装置)、GPU: Graphics Processing Unit(グラフィクス処理装置、グラフィクスに限らず演算の高速化に使用される)
[5] Asano et al. Expansion Microscopy: Protocols for Imaging Proteins and RNA in Cells and Tissues, Current Protocols in Cell Biology 80(1):e56, 2018
[6] Bando et al. Interactive 3D Visualization of Terabyte-sized Nanoscale Brain Images at 8K Resolution, Neuroscience 2017 Abstract 531.11, 2017
[7] Gao et al. Cortical Column and Whole-Brain Imaging with Molecular Contrast and Nanoscale Resolution, Science 363(6424):eaau8302, 2019

掲載日:2019年6月
本ページに掲載している内容は、掲載当時のものです。